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2007年3月 9日 (金)

通院から再入院へ

2006年6月9日より通院による化学療法が始まりました。シスプラチン+ジェムザールに替えて、ジェムザール+ナビルピンによる治療です。

ナビルピンと言うのはアフリカの夾竹桃の一種に由来する抗腫瘍薬でかなり毒性が強く薬品の種別を見ても毒と記載されているほどです。実際の治療過程は、先ず吐き気止め、ナビルピンを全開で点滴、ジェムザールを30分掛けて点滴して終了です。主な副作用は、私の場合全身の倦怠感と血管痛に加え、手足に発疹が出来るくらいでした。一週間おきの外来治療を二回実施した時点で、左腕上腕部の静脈一本がその機能を永遠に失ってしまったのには驚かされました。三回目以降の点滴時にはナビルピン終了後直ちに生理食塩水にて血管洗浄を実施する事によって防止できたのには安心しました。月が変わり7月中旬過ぎに39度強の発熱が二日程あり、同月21日の外来では治療を中止し、入院検査を勧められましたが、一旦帰宅する選択をしたのが間違いでした。

25日過ぎ頃から、疲労感と息切れの症状がかなり重くなり自力で8月には入院しようと思っていたのですが、そんなゆとりは無かったようです。7月31日、朝より甚だしい息切れに襲われ、救急車を依頼する事になりました。救急隊員と西ノ内病院呼吸器外科担当医師とのやり取りで、防災ヘリでの搬送の同意を求められましたが、さすがに遠慮して救急車によって郡山まで搬送されたのでした。救急外来での検査の結果、MRSA(多剤耐性黄色ブドウ球菌感染症)肺炎と共に間質性肺炎の可能性が高いとの事で、最悪3日の命と言われ覚悟をしたものでした。救急外来から5A病棟の個室に移り、ステロイド剤と抗生物質の大量投与にって何とか危機を乗り越え、4日めからは以前の病室に移り、8月12日に退院する事が出来ました。

今回の肺炎の原因は抗がん剤の投与による免疫力の低下であり、いっそうの感染予防の必要性を実感しました。なんと言っても、片肺の身にとっては肺炎は命取りで有り今回のような幸運に何時も恵まれるとは限らないと言う主治医の言葉の重さを実感しました。

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